ファッションブランドJhon AG創設に4億円を投じた

セシール上田昌孝CEOと潟Aンバランス津久井勝己(3)

(2010/11/15)

 平成21年6月にイタリア・ミラノで初コレクションを発表した「Jhon AG」なるファッションブランドが、渋谷に旗艦店を華々しくオープンした。ところがオープンから間もなく金銭トラブルを抱え数ヶ月で閉店してしまった。いったい何があったのか。Jhon AGの事業主体は潟Zシールの上田昌孝CEOが潟Aンバランス代表取締役・津久井勝巳と共に高級アパレル販売事業を目的として設立したという合同会社「CENCE」である。アンバランス津久井がセシール上田CEOから四億円の融資保証を取付け設立された合同会社だという。

 ところが多額の使途不明金を生み、業者に対する売掛金を踏み倒し、セシールからブランド開発費名目で振り込ませた二億円と業者への支払金五千万円と共にアンバランス津久井と鈴木善行は所在不明となってしまった。

 アンバランス津久井が行方を眩ませてから債権者に対して、潟Eイングパートナーズ(港区麻布十番2-7-14)の「富士一太郎」なる人物がCENCEの窓口役と称して対応していたというが、富士一太郎は平成20年にアクサ生命保険などの代理店として企業向け生命保険の不正契約を繰返し、百億円もの不当な利益を得て事件となった「信和総合リース」の常任理事という経歴の持ち主で、背後には木戸某なる暴力団員風の人物がいるという噂だ。事実であればアメリカンホーム保険の会長兼最高経営責任者の経歴があり保険業界に警鐘を鳴らすべく立場のセシール上田CEOが、セシール合同会社の窓口役に富士一太郎を据えていたとすれば、余りにも理不尽ではないか?

 セシールは四億円の支出はアンバランス津久井に対する融資であり、CENCEの経営には無関係との逃げ口実を展開しているようだが、参入した業者達は一様に「CENCEはセシールが立ち上げたアパレル業者であり、資金もセシールから出ている有望なプロジェクトである」と説明を受けているというし、Jhon AG渋谷本店の物件を借り上げたのはセシールだ。そしてセシールから担当社員も動員されていたことを踏まえれば無関係とはいえないだろう。ブランドの商品製作を引受け、業者を束ねていた飯田一之氏によると、セシール社員の担当者は異常に気付いた当初は共に問題究明に当たっていたが、ある日、突然申し訳なさそうに「上司からこの件には触れるなと言われた」という言葉を最後に連絡が途絶えたという。次号に続く。

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