(2010年10月 158号)
日本の食卓で牛・豚・鶏の食肉三品のなかで、最も消費量が多いのが豚肉である。しかし、豚肉を大量消費する割には、他の食肉とは異なる豚肉独特の、複雑な流通の仕組みを知る消費者は少ない。
年々国内畜産農家が減少するなか、豚肉をはじめ多くの食肉は海外からの輸入に頼っている。ただし、豚肉の輸入に限っていえば、国内豚肉を保護するという名目で、安価な輸入豚肉には関税を課す「差額関税制度」が適用されており、市場の安定が保たれているのだ。
制度の仕組みはいたって単純なもので、豚肉輸入業者が安価な豚肉を国内に持ち込もうとしても、予め設けている基準価格に満たない価格差の範囲に関税を課し、最低価格を一律にするというものだ。つまりは、基準価格以下の輸入豚肉は制度上、国内市場に出回らないことになっている。
ただし、実際には安価な豚肉を基準価格以上と偽り、関税を免れた上で国内に不正に持ち込む業者は後を絶たない。当然、差額関税をすり抜けた輸入豚肉は、本来の低価格で流通に乗っかり、それを求める食肉問屋が群がることになる。
違法業者にしてみれば、豚肉の価格を偽るだけで脱税が可能となり、不正に持ち込んだ豚肉は、価格競争でも有利に取引できる。万が一摘発されたとしても、関税法違反の初犯ならば大した罪にもならない。
一方、基準価格以下の輸入豚肉は国内市場には存在しないというのが建前であることから、裏ポークと称されるこれら豚肉を確信的に扱う食肉問屋も「輸入経路に不正があったとは知らなかった」と、惚ければいいと嘯く。消費者にとっては、頻繁に食する安価な輸入豚肉が、実は犯罪まみれの汚れた食肉であるなどとは、夢にも思わないであろう。
さて、多少の犯罪行為に加担、若しくは目を瞑りさえすれば「豚肉輸入はぜったい儲かる」と言われているなか、この犯罪ありきのビジネスに素人ながらに参入し、自らが損するばかりか多くの食肉業者に多額の損害を与えた男がいる。その男の名は岩本陽二という。
本年六月、コンビニ大手「ローソン」の子会社で、コンサートチケット販売などを業務とする「ローソンエンターメディア」の不正経理問題で、その一味の一人として東京地検特捜部に逮捕(資金の不正流用)された男である。
三十代にして成功を遂げた青年実業家の岩本陽二は、同時に逮捕されたローソンエンターメディアの元役員と共謀し、自身が代表であった「プレジール」にコンサート企画会社への支払代金が数ヶ月のあいだ滞留するように契約をし、その資金を投資運用に流用し、利益を山分けしようと画策したものだった。
その流用先こそが、ぜったい儲かると吹き込まれた輸入豚肉事業だったのである。しかし、百戦錬磨のツワモノが屯する業界で、素人同然だった岩本陽二は儲けるどころか、逆に食い物にされてしまった。注ぎ込まれた資金は三十億から四十億円といわれ、その大半が消えてしまったのである。
そして、窮地に陥った岩本陽二が泣き付いた先が、本紙だったのである。
自身が逮捕される数ヶ月前の出来事である。当時の岩本陽二曰く「事業が失敗した原因は、投資先(取引業者)から詐欺にあったからだ」という。なるほど、岩本陽二の説明と数々の関係書類、特に金銭の移動を記した口座明細を見る限り、詐欺の被害者であることは間違いないようだった。
実際、本紙に説明した取引に関していえば、自己都合に片寄った部分が多少なりあったものの、本質的な部分に嘘はなかった。しかし、若くして事業に成功した有能な男である。いつまでも素人として食い物にされていた訳ではなかった。
つまりは、岩本陽二は詐欺の被害者でありつつ、複数の取引業者から約十億円相当の豚肉を掠め取っていた事実が後に判明したのである。人様の金を我が物同然と考え、輸入豚肉事業で一発当てようと流用した挙句に回収すら出来なくなった。そればかりか、その穴埋めに取り込み詐欺(意図的な未決済)に等しい浅はかな犯罪に手を出す。
まるで絵に書いた転落人生の縮図を見るようである。とはいえ、多少の知識を得たとはいえ、豚肉絡みで銭をつくれる程の手だれに成長した訳ではない。
そんな未熟な岩本陽二の指南役だったと噂されるのが、食肉問屋でありながら、通常は豚肉を担保に資金の貸付をしている業者で、業界では「豚の故買屋」やら「裏ポーク商人」と揶揄される、株式会社「飯島商店」(茨城県土浦市)の飯島健二社長である。
飯島商店の本来の目的は貸付で得る利息といったみみっちいものではなく、担保の豚肉を転売することで得る収益に他ならない。豚肉を担保として貸付を行なう業者は、飯島商店の他にも多数ある。飯島商店が他業者と異なるのは、担保の豚肉を転売することを前提としている点だ。
表面上は質屋の質流れに似たような構図だが、実際は単なる買取に等しい。当然、一般的な質屋も含め業者の買取であれば、盗難品やまがい物を掴まされないように注意を払う。しかし、飯島商店の場合は、豚肉の背景には一切拘らないという姿勢を貫いている。
転売可能な商品であれば、即時に引受けててくれることから、訳あり豚肉を現金化したい業者は、飯島商店を利用するのである。勿論、通常より二割から三割程度安く買い叩かれるが、それを納得済みで持ち込むのだ。今回、岩本陽二が取引業者からパクった十億円分に相当する未決済の豚肉を、転売処分したのが飯島商店である。
その事を詰め寄る取引業者に対し飯島商店は「買った肉が何処からきたものかには関知しない」と、いつもの調子で聞く耳をもたなかったという。
金に忙しい岩本陽二に飯島商店が擦り寄ったのか、業界の噂を聞きつけて自発的に持ち込んだのかは知らないが、被害を受けた取引業者が、回収の目処が全く立たない状況にあることだけは確かである。
又一つに、岩本陽二と飯島商店の飯島健二の両名は、ニチロ架空豚肉事件において、滝義洋受刑者に騙された被害者同士という因縁の関係でもある。兎にも角にも、輸入豚肉業界においては、関係する者の立ち位置によって、被害者と加害者が目まぐるしく入れ替わる、異常な業界だと思い知らされた。
加えて、業界内で浅ましい騙しあいに明け暮れる連中の周辺には、常に反社会的勢力が張り付き、事件屋等も参入の機会を窺っている状況で、本紙のみならず大手マスコミにとってもネタの宝庫ともいえる。ローソン事件を掘り下げれば、数多の犯罪を炙り出すことも可能なのだが、今ひとつマスコミの食いつきが鈍く感じられる。
東京地検特捜部が出張った事件では、その発表を全てとする習慣がある。通常、大物政治家の収賄事件や大手有名企業の企業犯罪を専門とする特捜にとっては、事件本筋から外れた詐欺や脱税、暴力団・事件屋などは脇役でしかなく、端から興味などないのであろう。
輸入豚肉業界を舞台に、ニチロからローソンへと犯罪の連鎖は繋がり多くの逮捕者が出た。その影でほくそ笑んでいる悪党を追求しているのは本紙だけのようである。